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東京地方裁判所 平成9年(ワ)2705号 判決

原告

玄忠寺

代表者代表役員

高見辨雄

訴訟代理人弁護士

影山かおる

被告

第一證券株式会社

代表者代表取締役

宮田和夫

被告

第一ビルディング株式会社

代表者代表取締役

小松要之助

両名訴訟代理人弁護士

足立武士

小関勇二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を収去して同目録記載一の土地を明け渡せ。

二  被告らは、原告に対し、連帯して平成八年五月一日から右明渡し済みに至るまで一か月三三万五三二五円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告第一證券株式会社(以下「被告第一證券」という。)に賃貸している別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)の借地権(以下「本件借地権」という。)を被告第一證券が被告第一ビルディング株式会社(以下「被告第一ビル」という。)に無断譲渡したことを理由に、平成八年五月二八日到達の内容証明郵便で賃貸借契約を解除の意思表示をしたとして別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を収去して本件土地の明け渡しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、被告第一證券に対し、昭和三三年七月一八日、原告の所有する本件土地を堅固建物所有目的、期間の定めなく(契約書上は二〇年)、賃料一か月七〇一二円の約定で貸し渡し、賃料はその後改定され、平成四年七月以降は一か月二九万七〇七五円になった。

2  被告第一證券は、昭和三四年六月、本件建物を本件土地上に建築所有し、本件土地を占有している。

3  原告が平成八年五月、被告第一證券に対し、賃料を一か月三三万五三二五円に増額する旨の請求をしたところ、被告ら連名で増額を拒絶する旨の返答が届いた。原告はそれ以前に被告第一ビルが本件建物の所有者であるとは知らなかったため驚き、本件建物の登記簿謄本を取り寄せると、本件土地上の被告第一證券所有だった建物は、昭和四九年九月一〇日、被告第一ビルに所有権移転仮登記がされていた。

この所有権移転は、被告第一證券が被告第一ビル設立に際し、現物出資として行ったものである。

4  原告は、被告第一證券に対し、平成八年五月二八日到達の内容証明郵便で本件土地賃貸借契約解除の意思表示をした。

二  被告らの主張

1  被告第一證券は、従来より多数の店舗用土地・建物を所有賃借していたが、不動産を管理する管理会社を設立する必要に迫られ、不動産の所有・管理等を業とする株式会社である被告第一ビルを設立し、被告第一証券が所有する不動産等を現物出資した。被告第一ビルの設立は昭和四九年二月九日であり、設立当初は被告第一證券の一〇〇パーセント子会社であった。

本件建物及び本件借地権(以下「本件建物等」という。)も被告第一ビル設立に当たって被告第一證券から現物出資されたものである。

2  本件建物等を現物出資しても一〇〇パーセント子会社に名義が移るだけで実質的所有者は被告第一證券であることに変わりはなく、本件建物等の使用形態にも何ら変わるところがないので被告第一證券は、原告の承諾を求めなかった。

被告第一證券から被告第一ビルへの本件建物等の現物出資は、実質的には企業分割であり、本件建物の実質的所有者は被告第一證券のままであるから、無断譲渡には当たらない。

3  被告第一證券から被告第一ビルへの本件建物等の現物出資が無断譲渡に当たるとしても、現物出資の当時被告第一ビルは被告第一證券の一〇〇パーセント子会社であり、被告第一證券が本件建物を実質的に所有していたのであり、本件建物の所有名義は被告第一證券で被告第一ビルは仮登記を有しているにすぎず、本件建物に対する固定資産税は、本件建物建築以来被告第一證券が払い続け、本件土地の使用形態も賃貸借契約締結以来被告第一證券の浜松支店として利用してきた。また、地代の支払いも被告第一證券の従業員が原告の下に持参して支払い続けてきた。

これらの事情を考慮すれば、被告第一證券から被告第一ビルへの本件建物等の譲渡が本件借地権の無断譲渡に該当するとしても原告に対する背信的行為とまでは認めるに足りない特段の事情がある。

三  被告らの主張に対する原告の反論

1  本件建物等の譲渡がされた当時、被告第一ビルは被告第一證券の一〇〇パーセント子会社であったが、その後独占禁止法が改正されたことにより、被告第一證券の被告第一ビルの株式保有率は五パーセントになった。したがって、被告第一證券は被告第一ビルの経営を支配しているということはできない。また、被告第一ビルは資本金四〇〇〇万円の非上場会社であって、信用、資力ともに被告第一證券に劣る。

2  本件借地権の無断譲渡が行われたのは昭和四九年であり、以来、二〇年以上の年月が経過してきたが、原告がそれを知ったのは平成八年四月末ころのことであり、被告らは原告に右譲渡の事実を全く通知せず、賃料も被告第一證券と称して支払ってきた。

3  本件借地権の無断譲渡は民法六一二条違反であり、原告は、これを承諾、容認したことはない。

四  争点

1  本件建物の実質的所有者が被告第一證券か。

2  本件借地権の無断譲渡に信頼関係を破壊しない特段の事情があるか。

第三  判断

一  証拠(甲第二、第三、第五ないし第七号証、乙第一ないし第五号証、証人秋本芳作、原告代表者本人)によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件借地権の賃貸借契約書には、被告第一證券が本件土地上に建築した本件建物を第三者に売却又は賃貸その他の処分をなす場合には協議するとの条項がある。

2  被告第一證券では、昭和四八年三月二三日に開催された取締役会において新会社設立の件として被告第一ビルの設立が承認可決され、昭和四九年一月二一日に開催された取締役会において第一ビルディング株式会社設立に関する件として被告第一ビルを資本金一〇〇〇万円、設立年月日を昭和四九年二月九日、事業目的を被告第一證券が使用する店舗、寮、社宅、厚生施設に関する不動産の取得、貸借、管理並びにこれに付帯する業務とすること、被告第一ビルディングに対し営業用の重要資産の一部譲渡の件として被告第一證券が所有している土地、建物、造作、構築物及びこれに付帯する什器備品等をすべて譲渡することなどが承認可決された。

被告第一ビルが設立されたのは、被告第一證券の業容の拡大により、その使用する店舗、寮、社宅、厚生施設の取得、貸借並びに管理業務が漸次増加してきたため、この部門を分離して証券業本来の業務に専念できる体制整備を図る目的をもって全額出資の不動産管理会社を設立するためであった。

3  昭和四九年二月一二日には被告第一證券からその所有する土地、建物、借地権等を現物出資として被告第一ビルへ譲渡する「土地、建物譲渡(現物出資)契約書」が作成され、同年二月二七日に開催された臨時株主総会においてこれが承認可決された。

被告第一ビルは、設立当時は、被告第一證券の一〇〇パーセント出資の子会社であったが、独占禁止法の改正により被告第一證券は五パーセントの株主となっている。その他の株主は被告第一證券グループの会社と被告第一證券と系列が同じである日本長期信用銀行など合計七社である。

被告第一ビルの役員はいずれも被告第一證券の出身であり、被告第一ビルの営業は、被告第一證券の本支店の店舗の管理が中心で収益のほとんどは被告第一證券の本支店の店舗の賃料、管理費である。

4  被告らは、本件借地権を現物出資で被告第一證券から被告第一ビルに譲渡した際にも原告の承諾を求めたことはなかった。

原告は、平成八年四月一五日、固定資産税、都市計画税等の増加により地代を平成八年五月分から月額三三万五三二五円に増額する旨賃料を持参してきた被告第一證券の従業員に手渡した。これに対して、被告第一ビルが同月二六日付けの書面で原告に宛てて地代を現状据え置いて欲しいとの書面を出したため原告が本件建物の登記簿謄本を取り寄せたところ、被告第一ビルへ昭和四九年九月一〇日付けで所有権移転の仮登記がされていたことがわかり本件借地権が被告第一證券から被告第一ビルへ移転されていたことを知った。

5  本件土地の地代は、被告第一證券の浜松支店の社員が原告方に持参して平成八年四月分までは滞ることなく支払われてきており、平成八年五月分からは供託されている。

6  本件土地の周辺は商店街であり、本件建物は原告の正門の位置に接している。本件建物は、建築以来被告第一證券の浜松支店として利用されており、被告第一ビルに現物出資として譲渡されてから以降もその利用形態に変化はない。

7  原告は、本件借地権を被告第一證券が被告第一ビルに原告に無断で譲渡したことに不信感を抱いており、本件土地上に貸しビルを建築してその収益を原告の運営資金に充てたいという考えをもっている。

二  右認定のとおり、被告第一ビルは、被告第一證券の不動産を管理するための会社で被告第一證券とは密接な関係を有しているとはいえ被告第一證券とは別法人であるから、被告第一證券から被告第一ビルに本件建物等を現物出資として譲渡したことは本件借地権の譲渡に該当し、この譲渡に本件借地契約で定められた事前の協議や原告の承諾がないことは右認定のとおりであるから、本件借地権の譲渡は賃借権の無断譲渡に当たるということができる。被告らは、本件建物の実質的所有権が被告第一證券であるなどと主張し、被告第一ビルは所有権移転の仮登記しか有していないことは前記認定のとおりであるが、被告第一証券は本件建物等を被告第一ビルに現物出資して譲渡したことは前記認定のとおりであるからこれを採用することができない。

三 前記争いのない事実及び前記認定の事実によれば、本件建物は建築以来今日まで被告第一證券の浜松支店として利用され、昭和四九年の本件借地権の被告第一ビルへの譲渡以降もその使用形態に変化はなく、地代の支払いも滞ることなく行われていた。

原告は、本件借地権の譲渡を平成八年に知るまで被告らから知らされなかったことに不信感を抱いているが、被告第一ビルの設立は、被告第一證券の不動産管理のためであり、乙第五号証によれば、本件借地権の譲渡について原告の承諾を得なかったのは、被告ら社員の感覚として両者が別会社であるという意識がなく、賃借権の譲渡に当たるという感覚が欠如していたこともその一因であったことを認めることができる。

以上の諸事情を総合考慮すると、被告らは本件借地権を現物出資として譲渡するに当たり原告の承諾を得るか、これが得られなかったとしても借地法の譲渡許可等をとっておけば今回のような紛争に至らずに済んだもので、本件紛争が発生した責任は被告らにあるということができるが、被告らが本件借地権を現物出資として譲渡したことを原告にことさらに隠してきたような事情もなければ、本件土地及び建物の利用状況に本件借地権の譲渡の前後で何ら変化はなく、地代も滞りなく支払われてきたのであるから、本件土地の明渡しが認められない場合の不利益は、本件建物を収去され、浜松支店としての営業の拠点が失われることになる被告らの不利益に比較すればさほど大きいものとは認められない。したがって、被告第一證券から被告第一ビルに対する本件賃借権の無断譲渡には、信頼関係を破壊しない特段の事情があるということができる。

四  そうすると、原告の本訴請求は、理由がない。

(裁判官小野洋一)

別紙物件目録〈省略〉

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